東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1183号 判決 1956年8月03日
控訴人 (旧商号城南鋳物機械株式会社) 新城南鋳物株式会社
被控訴人 斎藤清
主文
原判決中控訴人に関する部分を取消す。
被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。
訴訟費用中被控訴人控訴人間に関する部分は第一、二審共被控訴人の負担とする。
事実
控訴人訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方代理人の事実上の陳述並びに法律上の主張は、控訴人訴訟代理人において「(一)井口祿哉が控訴会社の常務取締役の名称を用いてなした本件連帯保証については、商法第二百六十二条により控訴会社においてその責に任ずべきであるとの被控訴人の主張は、時機に後れた攻撃方法として却下せらるべきであるとの控訴人の形式上の抗弁は、これを撤回する。(二)本件貸借当時訴外井口祿哉は控訴会社の取締役ではあつたが、控訴会社を代表する権限はなく、また具体的にも本件保証につきその代理権を授与されていなかつたこと、従前主張のとおりであるが、仮りに百歩を譲つてその権限があつたとしても、本件の如く取締役たる井口祿哉個人の債務につき、同人が控訴会社の代表者ないし代理人としてこれが連帯保証をなす場合には、商法第二百六十五条の規定により利害相反の行為として取締役会の承認を要すべきものと解すべきところ、右連帯保証については当時は勿論爾後においても右承認を得て居らず、却つて昭和三十年十二月二十八日開催の控訴会社取締役会において、不承認の決議をしているのであるから、本件連帯保証契約は控訴会社に対し効力を生じない。」と述べ、被控訴人訴訟代理人において、「右取締役会の承認のなかつたとの点は不知である。」と述べた外は、原判決事実摘示中控訴人と関係のある部分と同一であるから、これをここに引用する。
<証拠省略>
理由
原審における被告井口祿哉、原審及び当審における被控訴人各本人尋問の結果並びにこれによりその成立を認むべき甲第一号証の一、二を総合すれば、昭和二十七年一月被控訴人は第一審被告井口祿哉に対し、控訴会社の工場建物の建設及び運営資金に使用するということで金二百万円を、利息月三分、返済方法は内金百万円を貸付の月より六ケ月目に、残百万円については同七ケ月目から十万円宛月賦を以て返済する約で(完済は昭和二十八年五月末)貸与した事実を、認定することができる。
次に被控訴人は、控訴会社において右井口祿哉個人の債務につき被控訴人に対し連帯保証をしたと主張するので、この点につき審按する。
前顕甲第一号証の一、二、成立に争のない甲第二号証の一、二、乙第二号証の二、原審証人保坂治雄、同鎗田重三当審証人井口祿哉、同石渡金七の各証言、並びに原審における共同被告井口祿哉、原審及び当審における被控訴本人、控訴会社代表者冠野千代蔵の各尋問の結果と右冠野千代蔵の供述により真正に成立したと認める乙第一号証、同第二号証の一を総合するときは、次の事実を認めることができる。即ち(一)控訴会社は昭和二十五年十二月東京都品川区西大崎に本店及び工場を置き、各種機械の鋳造及び加工を目的として資本金五十万円で設立され、冠野千代蔵、井口祿哉、香取虎三の三名がその取締役となり、代表取締役として同会社を代表する権限を有する者は右冠野千代蔵一名であつたところ、昭和二十六年十月頃右取締役三名の間で工場拡張の件につき相談が持ち上り、井口祿哉は積極説を持したるも、その余の二名は今直ちに会社が多額の資金を他から借入れることは会社の運営を危殆ならしめるという理由で消極的であつたが、結局右冠野において同都品川区大崎本町二丁目四百二十一番地に工場建設敷地を、井口祿哉において右工場建設資金を調達して、それぞれ会社に提供することとなつた。(同人等が会社に提供する物件並びに資金は後日増資の際株式の振当等で精算するつもりであつた。)(二)そこで冠野は右敷地を同会社に提供すると共に工場建設に取りかかり、井口祿哉は右資金に充てるため、前から知合つていた被控訴人から前示の如く右井口個人の借用金として金二百万円の貸与を受けたものであるが、その際右借用金の使途が控訴会社工場の建設並びに運営資金であるというところから、控訴会社の保証を求められたので、前示経緯の如く右井口としては、会社の名を以て他から金員を借入れたり、借入金の保証をしたりすることについては、何等その権限を与えられて居らず、またこのことを他の取締役等二名に諮ることもなく、控訴会社常務取締役の名称を附した井口祿哉の名を以て右自己個人の債務につき、恰かも同会社が連帯保証をなすものの如き連帯保証契約書(甲第一号証の二)を差入れた。(三)尤も昭和二十七年七月になつて前示井口祿哉は、前示借用金二百万円中百万円の弁済期到来しその返済の督促を受けるや、控訴会社代表者冠野千代蔵に対し、右事情を告げて右弁済に充てるため、利息を加算した金額百九万円の会社振出の約束手形の交付を要求し、始めて前示の経緯を明かにしたが、会社としては部外者に対する右連帯保証の件は容認できないが、井口個人に対しては工場建設資金としてこれまで百数十万円の借入金ないし立替金返還債務のあるところから、右井口が代表取締役をしていた株式会社井口商店宛控訴会社振出の金額百九万円の約束手形(甲第二号証の一、二)を振出し、井口はこれを以て前示被控訴人に対する自己の債務の弁済に充てた。(四)井口祿哉はその後本件のことに関し前示冠野等と不和となり、且つ同会社が経営困難となつたところから、昭和二十八年十一月頃自己の持株の処分等を右冠野に委ね、控訴会社から手を引くに至つたのであるが、控訴会社においてはその後昭和三十年十二月二十八日開催せられた取締役会において、前示連帯保証契約の件はこれを承認しない旨、改めて決議した。前記冒頭引用の各証言並びに本人及び代表者の供述中上記認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
そして以上認定の事実に照らして考うるときは、井口祿哉は控訴会社の代表権限を有する取締役でなかつたことはもとより、具体的にも控訴会社を代理して前示連帯保証契約を締結する権限を与えられていなかつたことは明らかである。(尤も前示(三)認定の如く、その後控訴会社において株式会社井口商店宛の約束手形を振出し、井口はこれを以て本件借用金の債務弁済に充てたのであるが、この事実は控訴会社において前示井口の無権代理行為を追認したものと認められないことは、前記説示により明瞭である。)
右の如く前示連帯保証契約締結につき井口においてその代理権がなかつたのみならず、仮りに被控訴人主張の如く、控訴会社において日頃、取締役たる井口祿哉が常務取締役の名称を用うることを容認し、且つ被控訴人がこれを信じたため、商法第二百六十二条によつて控訴会社が右井口のした行為につきその責に任ずべき場合に該当するとしても、少くとも前示連帯保証契約の前提たる取締役井口祿哉と控訴会社との間の保証委託契約及びこれに基ずく控訴会社と被控訴人間の連帯保証契約の締結につき、事前にも事後にも控訴会社の取締役会の承認を得ていたことについては、これを肯認するに足る証拠はなく、却て前示認定の如くはるか後に至つてのことではあるが、不承認の決議をしている位である。ところで商法第二百六十五条は、取締役個人と株式会社との利害相反する場合において、取締役には利益であるが、株式会社には不利益である行為が濫りに行われることを防止した法意に外ならないから、同条に所謂取引中には、取締役と株式会社との間に直接に成立すべき利益相反行為のみに限らず、取締役個人の債務につきその債権者に対し株式会社が連帯保証をなすことを約諾するが如き、取締役に利益で株式会社に不利益を及ぼすものと認むべき行為もまた、これを包含するものと解せざるを得ず、従つて右取締役会の承認を得ない本件連帯保証契約は、控訴会社に対してその効力を生じないものと謂わねばならない。尤も本件の場合前示取締役たる井口祿哉が、個人として被控訴人から借用した金員の大部分は、更に右井口の控訴会社に対する貸附金または立替金として、控訴会社工場の建設資金に充てられた関係にあるけれども、前段(一)(二)に認定の如く、控訴会社が直接他より多額の債務を負担することは会社存立の基礎を危くするから、取締役各個人がその責任において自己資金を投入して、工場の拡張を策する企図の下に話が始まり、その資金調達のため取締役たる井口個人が負担した本件債務にあつては、右使途が結果において控訴会社のために費されたものであるにもせよ、前示法律上の判断を左右するに足るものでない。
よつて被控訴人と控訴会社との間に有効な連帯保証契約の成立したことを前提とする被控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、これと反対の見解に出でた原判決は不当であるから、民事訴訟法第三百八十六条に則り原判決中控訴人に関する部分を取消し、控訴人に対する被控訴人の本訴請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき同法第九十六条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤直一 坂本謁夫 小沢文雄)